京大東南研(CSEAS)の月刊ニューズレター「かもがわ便り」8月号の挿入画を担当しました!

8月のニューズレター記事はNurul Huda Mohd. Razif学振特別研究員(社会人類学)による「精霊に捕まって…ここにいる」。紹介されたのは、アン・ファディマンによる『精霊に捕まって倒れる─医療者とモン族の患者、二つの文化の衝突』(忠平美幸・齋藤慎子訳、江口重幸解説、みすず書房、2021年)

ラオスから難民として米国に移住したモン族家族の娘の一人が、西洋医学的にいう「てんかん」の症状を起こしたことをきっかけに、西洋医療と精霊信仰が医療現場でぶつかり合う様を、精緻な聞き取りと関連文書の調査、そして文化・歴史の記述を通して、客観的視座から冷静にかつ臨場感たっぷりに描き出したノンフィクション作品。

彼女の症状は、脳の電気信号の異常により発生するてんかんなのか、あるいは悪い精霊によって魂をさらわれてしまった「カウダペ」なのか。言語が通じない、互いの文化的理解も得られない医療の現場で、医療従事者とモン族家族が解決策を見出せないまま苦しみをつのらせます。言語・文化がまったくといっていいほど通じない環境下において、病人とその家族にとって最善の選択をすることは果たして可能なのか。本著では、医療従事者と主人公家族の(時には司法の手も入る)治療の軌跡を、過去・現在・未来にわたって丁寧に記述します。

ラオスの山奥での印象的な出産のシーンからはじまる本著。少数民族であるモン族の文化的、歴史的な背景の記述が大変丁寧で、時には物語のような豊かなシーンを享受できる一方で、米国の病室での緊迫したやり取りやモン族の歴史記述では、生々しい表現もあいまって手に汗握る臨場感を味わうことができます。「てんかん」という病気の、文化的解釈の違いによる隔絶というテーマが一つ大きく取り上げられていますが、そもそもなぜ主人公家族は元々暮らしていたラオスの山奥から米国へと難民として移住してくるはめになったのか、その環境を作り上げた文化的・歴史的な背景まで踏み込むことで、国家と個人、人間同士の複雑な絡まり合いを見事に描き上げた、非常に精緻で真摯な作品と感じました。

この夏の読み物の一つとして、ぜひ手に取って読んでみてください。

精霊に捕まって…ここにいる – CSEAS Newsletter

ヌルル・フダ・モハメド・ラジフ(社会人類学)<br> 日本学術振興会特別研究員(PD)として東南アジア地域研究研究所(CSEAS)の一員となり、1年半がたちました。……

◆挿入画解説◆

上述したように、本著の特徴は治療法の対立について記述するだけでなく、その背景にある歴史的・文化的な下地も精緻に描写している点であると思われたため、イラストではそうした本著の特色を表現するように努めました。

治療法をめぐって隔絶が起こるそもそもの原因となった、モン族のアメリカ移住の歴史的背景について画面左で、アメリカに居住し始めたモン族が、現地のアメリカ人から酷い扱いを受けたり、慣れない文化に囲まれて鬱状態になったりしている状況を、画面中央で表現しています。

本著の本題である、治療法をめぐる主人公家族と医者たちとの隔絶は画面右で表現しました。最後に、医療現場での言語・文化の壁を取り払うようにすべきという風潮が出てアメリカで制度化が進んでいる状況を、画面右で医療者が医療現場とモン族の道をつなげようとしているイラストで示唆しています。